第 1~5日目 4 月 24 日(火)広島県 廿日市港 ~ 山口県 姫島 59 マイル

2007年 隠岐

<その 1>第 1 日目 4 月 24 日(火)
広島県 廿日市港 ~ 山口県 姫島 59 マイル 天候:晴れのち曇り 風:軽風

広島湾の夜明け

出港:06:00 早朝にも関わらず、事務長平田欽也君の見送りを受け、先発隊メンバ佐竹、日野、山口、渡海の 4 名は元気に出発、今回の回航は人手が多く交代で昼寝が出来そうである。港を出た辺りは北東の風に押されたが、直ぐに東風になり、機帆走にて 7 ノット、エンジン回転数を 2,000 まで回してみたが積み込んだ燃料と、水でプロペラが重たそうである。1,900 回転速力 6.8ノットで落ち着かせ宮島の瀬戸通過、0730 阿多田島沖、北西の風、順調に走り小潮の逆潮で大畠ノ瀬戸 1000 通過、その後 上関の瀬戸を 1115 通過、速力は 6.2 ノットに落ちた。長島の小山の鼻の赤灯台に差し掛かったところ、小型の貨物船が灯台と島の間を悠々と通過してゆくのには海図を見ながら驚いた。 前方に祝島、小祝島が見え出したところで昼食と相成り、事務 長お持たせの弁当を美味しく頂いた。本線航路を 2 箇所横切っ たが本日は折りよく本船とのミニアスは一回も無かった。祝島西で 潮目に大きなほんだわらが見られ、それを避けるために少しの 間ジグザグ走行をした。寄港予定の姫島拍子水港には予定より 1 時間早く 1500 に入港。魚の集荷場近くに許可を頂いて係留 し、徒歩 10 分くらいの距離にある公営の温泉に早速入りに行 き、本日の旅疲れを取ることにした。集荷場にて魚を手に入れ ようとしたが、小売はしないということで断念、夕食を作り始めた所に思いがけず漁師さんが魚を差し入れてくださった。急遽本日のメニューは変更し、烏賊の刺身に鯛の 塩焼き、ホゴメバルの煮付けにカレイのムニエルと種々の海鮮料理に、海辺育ちの日野さんが腕を振るって、 初日から宴会ムードになってしまった。

上関瀬戸を通過すると波は一段と穏やか
拍子温泉途中 路傍に咲く花?
夜の姫島拍子港
クルージング初日から魚料理で宴会

第 2 日目 4 月 25 日(水)
山口県 姫島 ~ 山口県 室津フィッシャリーナ 63 マイル 天候:はれ 風:北西の風10m
出港:05:45
今日は距離があるため、皆 5 時ごろからごそごそと朝食の準備やら港の公衆便所でのお仕事やら済ませ、朝食も海苔とおにぎりとお茶のみと言う質素なもので早めに出港。本船航路に沿って機帆走、風が正面に近くジブが出せない、メインだけでもぎりぎりののぼりで航路に近づきすぎるため何度もタッキングを繰り返しながらの上りでスピードが稼げない。本船航路はさすがに海の銀座、関西方面へと東西へ行きかう船と、九州方面へと南北へ行きかう船、それに加え門司区へ出入りする船が入り乱れ、ワッチは居眠りする暇がない。関門海峡に入る頃には逆潮になってしまいE3 の電光表示、今までの遅れも有ってエンジンの回転数を上げて平均 5 ノットで本船の間をすり抜ける。このときばかりは当然渡海さんが舵をにぎって放さない。昼食も多少の波とヒール のため、昨夜の魚でだしをとった味噌汁と朝の残りのおむすびを焼きむすびにしたもので簡単に済ます。 このメンバーでは、作るのも食べるのもこれで精一杯??シェフの乗船が待ちどおしい。

関門海峡入り口

13:40関門橋通過
最近の世相のためか何度も保安庁のでかいのやらちっちゃいのやら、県警のボートやら(廿日市の警察のボー トよりずいぶん立派)、所属は不明ですが横に警戒中の文字の入った双胴船がうろうろしておりました。 風が悪いため早めに 1 ポイントにリーフして海峡を抜ける。
波は1.5~2m、海峡近くの島影を抜けると日本海の瀬戸内海とは違い少し長めのピッチの波。うねりの一 歩手前。

室津フィッシャリーナ係留風景

17:15室津フィッシャリーナ入港
入港前に電話でマリーナに入港許可と係船場所の確認をして 指定の一番沖側に係留したところ、管理事務所がクローズ、 周りで聞いても誰もいない、時間が来たのか?とっとと帰っ てしまったらしい。せっかく普段係船料のかからないとこば かり留める船が払うつもりで入ったのに。夕飯は川棚温泉ま でタクシーで、瓦蕎麦の元祖「たかせ」で河豚の皮と生ビー ルで乾杯。「瓦そば」と「ひつまぶし(うなぎめし)」を堪能 し、風呂はテレビでおなじみ川棚グランドホテルお多福の露 天風呂、満足の 1 日では有りました。日野さんは 1 級免許を室津フィッシャリーナ係留風景 取って3 回目の操船と言うことでしたが長時間の操船ご苦労 様でした。山口さんは、自分の船じゃないのが気に食わないのか 1 度も舵を握らずマイペース、メンバーはお わかりでしょう~。

川棚温泉名物 かわら蕎
川棚グランドホテル 露天風呂

第 3 日目 4 月 26 日(木)
山口県 室津フィシャリーナ ~ 見島 本村港 43 マイル
レポート:日野 幹雄 天候:晴 風:北北西8m/s
出港:7:05
6時出航のはずが、きょうは時間的に余裕が有ったのか ちょっと遅い出航でした。じつは、渡海さんの携帯のアラ ームが 5 時に鳴ったのですが、外は暗いし誰もおきてこな いし眠いので、携帯の迷惑メールが鳴った事と信じてその まま寝ていました。5:45くらいに山口さんが朝の散歩か ら帰ってきてそれから、みんなが起き出して朝食を取って 出航。
8:30漁船5隻が波間に現れ消えているのが見え、こ んな状態で仕事ができるのを感心します。
8:45角島の橋が右手にかすかに見えました。それから風浪が強くなり、遊園地のバイキングに乗ったようなスリリングな気分でした。
9:15風浪が弱くなり途中、自衛隊の巡視艇や漁船数隻に出会いましたが、ほとんど「日本海ひとりぼっ ち」という感じでした。

見島 本村港入口 昼フェリーが入港中
見島 本村港係留風景

13:50萩からのフェリーが本村港に入りその後に入港し ました。岸壁に横付けしていたら漁師のおじさんがきて、地元 の情報をもらいました。夜の食事情報収集を兼ねて近くの食堂「八里ガ瀬」で、肉う どんとビールで遅い昼食を取りました。ヨットに帰って明日の朝食の準備をしていたら、自衛隊員の子 供連れ家族4人が散歩の途中に来船されヨットの見学と話を 少しして帰られました。
19:00電話予約をした旅館に風呂と食事をしに行きまし た。夕食は、うにめし定食と刺身定食を2人前づつ頼んで4人 で分けて食べました。

亀の手、松葉貝などの入った味噌汁

夕食後ヨットに帰って、朝食の準備をしてべらべらしゃべって、山口さ んは昨日と今日の寝不足が堪えたのか、21:30に寝床に就かれました。
初クルージング 3 日目。昨日はちょっと船酔い加減だったので、日本 海の航海は心配でしたが、出航して直ぐに舵を握らせて貰ったおかげで船 酔いはせず、快適なクルージングを体験できました。

第 4 日目 4 月 27 日(金)
山口県 見島 本村港 ~ 島根県 温泉津港 61 マイル
レポート:山口 孝 天候:薄曇 風:中風
出港:06:00 5 時起床、起きた者が最初に昨夜仕込んでおいた、ガス釜 のスイッチを入れる。そそくさと朝を済ませジャスト6時に見島本村港を 出航。天気は薄曇でやや寒く、波1.5mすこし私にとってはヘビーな感 じもするが佐竹さんとのワッチが始まる、見島から島根県 温泉津港まで 約10時間のクルージングである。見島にはカレコレ 10 年前くらいかア ルカディア、澪、シーホライゾンの 3 艇でチャレンジしたことがあるが、 ここ室津で悪天候のため足止めを食らい残念ながら角島まで行って帰って 来た経験がある島だったので、今回の航海で行けたことは嬉しく思った。

見島の本村港を出航して 30 分後、GPSナビが区域外で表示しなくなり、日本海のロムを船室に入り取替え、 ナビを定位置に戻したもののさっぱり作動しない、何度か挑戦し最後にロムの爪の部分をサンドペーパーで磨 き何とか作動するようになったが、渡海さんかなりの荒海での作業に平気でこんなことが出来るのには自分か ら見るには神業のように思える。この人の耳には三半器管の代わりにジャイロが備わっているのではないかと 思う位である。この事件以来二時間もたちもうすっかり後方の見島の姿が見えなくなった頃一羽の黄セキレイ が左舷側を追い越しばたつくジブシートに止まろうと試みるものの失敗、そのまま右舷後方に立ち去るが、また再び右舷側に現れ U ターンして後方の見島の方に帰っていった。本来セキレイは綺麗な水のある渓流域に居 るはずなのに海に現れるなど、このセキレイタミフルでも飲んだか異常行動をしたか本土に居る彼女に逢いに 行くためだったのか?定かではないが周囲が360度何も見えない中楽しませてくれたシーンだった。12時 前ワッチ交代して昼食も取らず眠りに尽き、目を覚ましたのが、午後3時前だった。すると3時の方向に背の 高い赤白の煙突が見えてきた。
きっと三隅の発電所だろうと思ったが後で江津の製紙工場ではないかと言う事となった。 まだ目的地の温泉津港は見えないが後方から一隻の漁船が フルスピードで近づいてくる。その船長が『この先定置網が あるので注意して航行せよ』とわざわざヨットに近づいて忠 告して再びスピードを上げて前方の霞の中に消えていった。 午後4時前港に近づくに伴い堤防の上に原さん夫婦の姿が あった。千葉よりはるばるこの航海に参加されるために車で ここまで来られた方なのである。午後4時15分港に入り仮 止めするがここはもうすぐ漁船が入ってくるので先のヨットの後ろに着けろとの指示にゼファーラーを着ける。前には見38 るからに美しい姿のヨットがいるのです.

先に係留中のカボリコ

気品高くそして 磨き上げられぴかぴかの貴婦人と、傷だらけの男臭い船との 対比はなんだか恥ずかしい気にもなった。聞けばこちらの船 長さん72歳だそうで、ファッションも決まっているワイン レッドの Y シャツにベージュのパンツにデッキシューズで 決まっていて、我々難民スタイルとはかなりの差があった。 この方は奥様と4月10日三重県志摩ヨットハーバーを出 て瀬戸内海を回り温泉津まで来られたそうでこれから北上 して北海道を巡って帰られるとか、なかなか優雅な老後をお 過ごしのカップルだった。同じメーカーの船に乗っていて、今はカリブ海のセントトマス寄港中の<Kyoko Lisiecki>にヨットとお洒落な船長夫婦のことをメールした ところ、世間は狭いもので、以前 志摩ヨットハーバーで会った歯医者さんではないかのこと。
そしてここで原さんの奥様には助けていただいた、物資調達 係の佐竹さん予備のガスボンベを積み忘れたので、奥様にお 願いしてガスボンベごとガスの調達に江津まで走っていただ きガスを GET、感謝、感謝であります。この後奥様は実家の ある益田へ100km近くある道のりを車で帰っていかれま した。本当に有難う御座いました。そしていよいよメインイ ベント、温泉に入り(温泉津でもかなり歴史の千古の湯の銭 湯に入る)原さんの歓迎会が始まった。 次号に続く

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