2011 新春クルージング

2011年 正月

クルージング予定日程12月29日~1月3日
第一日目:廿日市ボートパーク~大崎上島 大西港~今治海の駅
第二日目:今治観光
第三日目:今治海の駅~大島 宮窪港~岩城島海の駅
第四日目:岩城島海の駅~大三島 宮之浦海の駅
第五日目:大三島 宮浦海の駅~大崎上島 矢弓「広島商船学校」~安浦海の駅
第六日目:安浦海の駅~廿日市ボートパーク

12月29日(火) 晴れ 風力 4~6
1630 時の出港予定を10分遅れで離岸、広島はつかいち大橋を潜り抜け港を後にという所で、大事な忘れ物に気が付き電話連絡、恒例 大晦日の「鴨鍋の肉」を橋の袂まで届けてもらう。パーサーの家が港のすぐ近くでよかった。
再出発、0710 時 前方の似島の頂の右側から朝日が顔を出してきた。早速撮影、艇長の山本君移動するに従い、こんどは頂の左手から朝日が撮れるように操船してくれる。峠島、切串灯台東、呉港沖と進むに従って西風が少しずつ強くなってくるが、アビームからクォータリーの方向の風となり楽勝。コックピットは簡易ながらエンクロージャとエンジン循環水の温水暖房で快適、音戸の瀬戸手前で先行の松山行きのフェリーが対向船のため信号待ちしている。我々の艇が近づいたところで左岸に設置されている赤の×印信号が緑の丸印信号に変り、少しの向い潮であったがタイミングよく通り抜けられた。

蒲刈大橋下を通過するころ、我々にとっては程よい風が応援してくれて時間の遅れを挽回予定通り昼過ぎには大崎上島の大西港への着岸、早速 歩いて昼食に徳森食堂へ向う、この店は結構有名で、わざわざ広島からフェリーにのって食べ来るひとが多いとか。私は今回 1.5 倍のラーメンと巻すしを頼んだ。皆さんは普通量のラーメンと巻すし、稲荷すしを頼んでいたが、唯一小学 6 年生の平田 jr は 1.5倍ラーメンと巻すしを綺麗に平らげていた。
いりこ出汁の醤油味で中々美味しい。ちなみに私はここに来るのは 2 度目である。前回は特盛を頼んだら、それは労働する人が食べる量よ! 年寄りが食べる量では有りませんよと、お上さんにそっと注意されたが、稲荷すしと共に美味しくいただき呆れられてしまった。
昼食後、峡水道をくねくねと海図と首ぴきで進み船島、生野島、佐組島と大崎上島の間をとおり、最後にメバル崎をかわしたところで、私は昼ねタイムに入り今治港に入る間際までぐっすり。来島海峡では連れ潮で 11 ノット越えたとか!
今治港では 2 号桟橋の左側に入船係留したところで、係りの人が来られて、午前零時基準の足掛け 3 日分 1,557 円支払った。給電設備など無いが、とても便利な場所で割安な気がする。管理事務所は 24 時間詰めておられるとか。

早速 風呂の支度をし、町を散策、今治名物の焼き鳥屋さんを探し、ここが良さそうと決め「山鳥」に予約をいれ風呂に行こうとすると、我々の行動が読めたのか、お上さんがわざわざ表に出てこられて、風呂への道順を丁寧に教えてくださった。中々親切である。訪れたラジュウム温泉施設は大層な年代物で、大正の末期、外国人の技術者の指導で日本の職人達が 6 年掛けて作った鉄筋コンクリート 3 階建てであった。数年前の安芸灘地震にも遭ったはずで有るが、亀裂の一つも入っていない大したもの、出来た当初 1 階は温泉、2 階はダンスホール、3 階はホテルとなっていたそうだが、現在 2 階はバレー教室と成っていて外装が現代風の壁に改修されていて大変残念。ちなみに入浴料は@350 円。
焼き鳥屋「山鳥」では、色々な鉄板の焼き鳥からカラアゲ、ハゲの肝和えまで楽しめ、お酒も入れて、一人あたり@3,000 円少々と、安い! また此方は魚の練り物の店が数多く見られ、来島海峡や近くの島々で魚が多く取れる様子が伺われる。桟橋では北西の強風が吹き付けてリギンが唸り声を上げている。この辺りも今夜から明日、明後日まで風雪強風注意報で、特に北日本や、山陰側の各地で積雪による事故や渋滞が発生している模様だ。
今回は携帯発電機を新調したので夜も船内ではテレビや照明などの電気に遠慮なく過ごすことができた。

12 月 30 日(水) 雨 風力 5~7
本日は、天候も悪く観光バスも動いていないようなので、市内観光は取りやめゆっくりすることにしたが、渡り蟹が食べたいなどといい始め、買い物に出掛ける事にした。魚屋さん数軒を歩いたが、すでに売り切れでスーパーにて「毛蟹」をゲット、ここ今治は物価が安いように思える。途中 買い物組と分かれて、転勤で四国に居ながら今治城を訪問したことがないと言う、日野さんをはじめ今回初めての杉山、平田 Jr と 4 名で今治城を視察、「藤堂高虎」の築城で、なかなかの構えである。堀には海水を引き込み、海の魚が悠々と泳いでいた。掘り廻りの城壁の上を歩いたが、高さがあり石垣際まで寄り、下の堀を望むと、大事なところが「うづうづ」とした。これは男子でないと、わからないだろうなぁ・・・

生憎と年末の大掃除の最中で天守閣には登れなかったが、次に来た時に再度登城することにし城をあとにしたが、潮の満ち引きが有るのに堀の海水は干上がるのかどうなるのかという事に話が盛り上がり、後戻りして堀の水門周りを探検、なるほど なるほど そう言うことかと、納得した。
桟橋の売店で名産品のタオルを購入する。いつの間にか雨は上がったが、港では風は相変わらず吹き、雪もチラチラしている。桟橋の廻りは風を遮る物が無く、また繁華街までの道中が寒いので、今夜はお風呂を我慢と、皆なで決めておりましたが、平田親子は元気よく昨夜の大正ロマンの風呂に出掛けていった。お父さんとても綺麗好きなので、毎日風呂に入らなくては気がすまないのか、利用して置かないと大正ロマンの温泉施設が今度来るまでに無くなってしまう恐れがあると思ったのかも知れない。夕食は皆さん無口で忙しく「毛蟹」と格闘、明日の天候を心配しながらも楽しい夜が更けていった。

12 月 31 日(木) 晴れ 風力 4~6
0900 時 出港 ここ今治港で、広島に車で里帰りする息子さん夫婦と合流し、広島まで同行する日野さんとはお別れ、寒風吹きすさぶ中、なかなか出港しない艇の舫綱を解いてくださった日野さん、ご苦労さん。渋滞の中、お気をつけて。
港から見て北西に位置する大島が風除けとなり波高は大したことはないが、風はかなり吹いている。アビームからクォータリーの風をうけて島沿いを快調にはしる。午後はさらに風が強くなるとの予報があるので、本日 寄港予定の宮窪、村上水軍記念館と、魚が美味しいらしい民宿の昼食はショートカットして「岩城島海の駅」に直行することとした。1100 時 岩城島桟橋左側に出船係留し、風に備えて左岸より増しもやいを取る。近くの事務所に入港届けを行い係留費 10 円を支払う、1 トン当たり 1 円という事らしい。

フエーリの待合所は空いているが売店などは年末の為か閉鎖中で、名物の芋ケンピが手に入らないな、
と思っていたところ隣のスーパーで売っているとの情報、平田 jr 一緒に買い物。菰被り温泉は、事務長連絡した所によると、500円でバス送迎してくれるとのこと。入浴迎えまで時間があるので桟橋から見える緑青の銅版葺き屋根の神社まで散策に出掛ける。中々立派な神社だし、見晴らしが素晴らしい。拝殿の南側に年季の入ったお百度参り用そろばん台が据えてあった。
期待の菰被り温泉は、その昔 海岸の崖縁に有った温泉施設の山手側に新設されており、こじんまりとした温泉で地元の造船所が経営とのこと、造船業界は今の所まだ景気が良い様だ。施設のすぐ近くの海岸には緑色に塗られた 30 メートル余りの桟橋も新しく設置されてあり、こちらの温泉か、食堂を利用すれば無料とのこと。天気の良いときは近くて便利、ただ潮の流れの速いときは桟橋に押し付けられますのでご用心。

風が中々納まらない、おかげで桟橋に設置した BS アンテナが突風でひっくり返ってしまった、TV 設備担当の石田君色々と考えて桟橋のビットに跨らせてロープで固定してしまった。此れで今夜は安心。
いよいよ大晦日、紅白を見ながらの鴨鍋で夜が更けてゆく、私は除夜の鐘を聞くまでも無く、睡魔に襲われて朝までぐっすり。年越し蕎麦を食いそびれてしまった。

元旦(金) 曇り時々晴れ 風力 2~3
皆さん明けましておめでとう!お屠蘇、雑煮、お節をゆっくりと頂き、0900 時 出港昨夜訪問した「菰隠し温泉」の下を通り、「多田羅大橋」下、ひょっこり「ひょうたん島」の西、「大久野島」の南を経て「大三島宮浦海の駅」第二桟橋左側に出船にて 1130 係留。
しかし今回は天候のせいか、途中でヨットやプレジャーボートにまったく出会わなかった。管理事務所に届を出す為伺うが留守。明日二日に初詣ときめ、大山祇神社近くの海鮮丼を昼食にと楽しみに出掛けたが、今回も行列が出来ており、30 分以上待つことに成りそうなので、忽ち断念し、近くのスーパーにて食材購入、帰りに管理事務所へ届出を済ます。係留料、施設利用料込みで 20 円、昼食後全員でお昼寝、読書、テレビ観賞タイムとした。
1600 時桟橋を出発し、岬を山越えして「伯方の塩」が経営する潮風呂「マーレ・グラツシエ」に向う、冬場の岬越えは、急傾斜の山道に落ち葉が積もっており滑らないように歩くのが少々大変。

風呂は里帰りの家族で相変わらず大入り満員の大盛況でしたが、強烈なブローバスや打背湯も利用し、しっかり温もった。ここは岬の影と桟橋が干潮で下がるとデジタルテレビが入りにくく BS アンテナを設置するが、正月番組も飽きてしまい持参したDVD 鑑賞となった。今夜も御先におやすみなさいとなった。

1 月 2 日(土) 晴れ 風力 1~2
0900 時 昨年頂いたお札を持ち「大山祇神社」にむけて出発、途中 毎年購入する饅頭屋さん「村上井盛堂」に立ち寄り参拝帰りに持ち帰る為にそれぞれ注文しておく、ここのお饅頭は出来たての温いのももちろん美味しいが、冷たくなっても美味しい饅頭である。
神社では、昨年新しく建立された欅作りの大門の両脇の仁王さんの建つ場所は空席のままである。多分製作中だと推察される。手水で口をすすぎ、手を洗い、家族の健康と艇の安全を祈って拝礼、今年の御神籤は「凶」、気を引き締めなければいけないかな。ここ「大山祇神社」は、村上水軍(海賊)の如く正月と言えども容赦ないから好きである。

1000 時 出港 どうやら年末からの強風は納まった様だ。初日の 29 日に通過した大崎上島北側の水路を逆にたどり、平田 jr が将来入学するであろう「広島商船学校」近くの矢弓の桟橋に立ち寄る。平田親子、石田君、杉山君は見学に同行する。私と山本君は小春日和の日差しを浴びながら係留ワッチ、山本君は桟橋の釣り人、あちこちの釣果を熱心に見学。
見学組が帰って来た。残念ながら商船学校の桟橋の門が閉まっていて練習船の見学はできなかったそうだが、学校と、寮はしっかり見たようである。学校へ行く途中、明治、大正、昭和の初期に、この地で海運業と造船で財を成したり、政界で活躍した望月家の邸宅を大崎上島町が大改修し、資料館として運営している「望月邸」は、正月休みで閉まっており、外から見ただけとのこと。
遅めの昼食は桟橋係留のまま済ませ、そのご安浦の「グリンピアせとうち」に向う、水路を抜けた長島沖で平田 jr と操船交代し小芝島南、馬島北、柏島南、横島北を航行し、1600時 桟橋に出船係留した。今回のクルージングで操船したのはこの一時だけ、私の出る幕は段々なくなり、楽チン楽チン。
一休みの後、「グリンピアせとうち」の風呂へ、遊園地横のヤシの並木道をのんびりと通りすぎ、そこからは従業員用の急な近道を、息を切らせながら登り玄関へと向う、湯船で瀬戸内の夜景を見ながらゆっくりと体を温めた。本日はクルージング最後の夜、名残惜しさをそれぞれが感じながら皆さんと乾杯!年末とは打って変わって風の無い静かな夜

1 月 3 日(日) 晴れ 風力 1~2
1000 時 出港、係留索や防舷材を取り込んだ後、早速ドッグハウスと救命浮器の収納箱の間に入り込み読書、風は少し冷たいが柔らかな日差しで暖かい、昨日と今日のわずかの間の日差しで、鼻の頭がチョッピリひりひりする。1115 時 蒲刈大橋下通過、波は穏やかで音戸瀬戸の通過も難なくクリアーしたが、なぜか???音戸の瀬戸出口の中央航路ブイにて直進かと思いきや、左に転舵し、早瀬の瀬戸に向いだした。時間を見ると予定帰港時間には大分早い。早く帰りたくないのか、眺めの良い所を航行しながらの昼食に気を利かせたのか・・・・・・

パスタ料理のお得意な杉山シェフの昼食が出来上がった。コックピットで、走りながらの昼食ご馳走さんでした。大黒神島と馬ガ瀬の間を通過し宮島の瀬戸に、船内掃除と各自の私物の片付けを交替でバタバタと済ませ入港準備、事務長兼食事担当の平田君と杉山君、残った食材の処理や、ギャレーの掃除と忙しそう。1630 時 全員無事に帰港、あっという間の新春クルージングでした。
最後にデッキの水洗いをして 1700 時 解散!

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